ラーメンの生まれと種類について

ラーメンの生まれと種類について!

ラーメンとは?

まず説明しておきたいのは、ラーメンとはなんだ?と思われる方はまずいないと思いますが、なんでラーメンと言う料理が日本に浸透しているのかという事について説明したと思います。

初めに、ラーメンは中華風の麺料理である。属に中華そばと呼ばれる麺料理です。

漢字で拉麺と書きます、街でも漢字で書かれているお店をよく見ますね。

ラーメンは基本的に中華麺とスープにより出来上がり、お好きな具材を入れて召し上がる麺料理になっていますね。

そもそもラーメンは中華料理じゃないのか?と思っている方もいると思いますが、日本には明治時代に港町に現れた中国人街に中国料理店がオープンして、大正時代から各地に広まっていきました。

それが、日本風に改良され独自的な発達をした結果、現代社会において、日本人の国民食と呼ばれるほどの人気な食べ物になりました。

例として、国民的人気のある日本人が独自の改良をした食べ物にはカレーライスなどがあげられる。

ラーメンの種類

ラーメンは色々な種類のラーメンがあり、味が違うものから食べ方の違うものまで様々なものがあります。

ラーメンが生まれてからこれまでに様々な独自の改良などが行われ、色々な種類のラーメンが生まれてきました。

それはご当地ラーメン等から○○系ラーメンと言う物まで様々な物があります。

そういったラーメンの主な種類等の紹介をしていきたいと思います。

ラーメンを含める麺料理は大きく分けて7種類ほどある

ラーメンと一言でまとめるだけではこの豊富な種類はまとまりません、そこで大まかに世間一般として麺料理と言われている物をご紹介していきましょう。

ラーメン

まずこれがメインの麺料理ですね。

ラーメンについては上記にて説明した通りになります。

そもそもラーメンの歴史は地方などででも味や歴史、広がり方が違うのでまとまる意見は無いですが、主な発祥は上記の記載内容になっています。

つけ麺

これも今ではおなじみのラーメン料理として親しまれています。

1970年台につけ麺ブームが到来。つけ麺はこの時代もりそばやつけそば等の呼称でも呼ばれていた。

歴史は昭和30年程に東京にてつけ麺の有名店である大勝軒が生みの親と言われています。

当時17歳の大勝軒の創業者である山岸一雄(やまぎし かずお)さんが修行中の時代に、余ってしまった麺をスープと醤油を茶碗に入れてそこへ麺を浸して食べていました。

その時一緒に修行をしていた従兄弟の坂口政安が独立をしたため、当時坂口を兄貴と慕っていた山岸も共に付いていき大勝軒(中野店)を設立。

その後坂口が他の場所に本店(代々木上原店)をオープンしたにあたって中野店の店長を山岸が任されることになった。

その頃にも引き続きこの余った麺をスープに浸して食べているのをお客さんが気になることで関心を惹き、試しに試食をしてもらったところ好評化を得てメニューにしてみたらどうだろうかという事から様々なアイディアによる試行錯誤の上に完成された一品がもりそばである。

コレがつけ麺の始まりと言われています。

混ぜそば

近年話題となってインスタント麺などでもその名を広めています。

混ぜそばは台湾ラーメンの亜種的な存在であります。

そもそも台湾混ぜそばが混ぜそばの発祥で、極太の麺の上に台湾ミンチ(ニンニク、鷹の爪を効かせたピリ辛醤油だれのミンチ)と魚粉、ネギ、ニラ、黄身を乗せた物である。

これをかき混ぜ具材と混ぜる事で麺に具が絡み美味しくいただくことが出来る。

だが本来の麺では汁が無い為に具材が絡みづらいので、あえてザルに上げた時に麺に傷を入れて絡みやすくしている。

麺を食べ終わると少量の具材とそこから出た汁が残る、これにご飯を入れ具材と混ぜて占めとしていただく。

これを[追い飯]と言う。

生まれは台湾ラーメンの故郷名古屋にて、中川区の有名店麺屋はなびの店主が台湾ラーメンを作ろうと思い具材のメインである台湾ミンチを作ったものの、スープとの相性が合わずに断念…

そのミンチを店主が捨てようとしていたところに当時アルバイトしていた一人に「そのミンチをゆでた麺にそのままかけてみたらどうですか?」と言われたのが始まりとなっています。

それを機に何度も試行錯誤が重ねられてようやくたどり着いたはなびの台湾混ぜそばになります。

今では愛知を代表する名物ラーメンの一つになっています!

油そば

そもそも油そばとはスープが無いラーメンの一種になり混ぜそばに類似してます。

油そばの作り方はどんぶりの底にごま油、酢、醤油ベースのタレ、ラー油と言った調味料をお好みでかけていきます。

それを麺と絡めて食べるといういたってシンプルですが、色々な味と組み合わせて食べるといった物になっていて数多くのファンがいるラーメンになります。

トッピングもお店により様々な種類があり、自分好みのトッピングでオリジナルの油そばを作るあたりもまぜそばに似ていますね!

まぜそばがが生まれたのは昭和28年ごろ、三幸がのびたラーメンからヒントを得て昭和30年ごろからお酒のつまみとして提供し出したのがきっかけと言われている説。

また同時期に珍々亭が中国料理である拌麺(バンメン)をヒントにして油そばを作ったと言う二つの説が存在する。

それから数年がたった平成8年ごろから徐々に油そばが流行し出し今に至ります。

冷やし中華

夏になると必ず目につくこの商品!

いつもは暑いスープのラーメンを冷たく美味しくいただく定番麺料理!

きゅうり、玉子、ハムが基本の具材となっていて独特の甘く少し酸っぱい酸味のあるさっぱりとしたスープが特徴的です!

名古屋は他の県と違い、冷やし中華には必ずと言っていいほどマヨネーズを入れます。

そうすることによってマヨネーズのまろやかさとマイルドな口当たりに加え、スープの甘酸っぱさがベストに混ざり合い美味しさが増します!

発祥は説が色々あり、一つは昭和4年に料理相談と言う本に記載されていた冷やし蕎麦と言う料理。

二つ目に昭和11年に発行された栄養と料理と言う雑誌にてサンスーリャンメン(チャーシューや鶏肉、きゅうり等を細く切ったものを水にさらした麺の上に乗っけて醤油に酢や砂糖を入れたタレをかけて作る料理)と言う料理が紹介されている。

また昭和8年に揚子江菜館にて五目冷やしそばが創作されている。

他にも京都の中華のサカイではゴマダレを使って作った冷麺や、寿がきやがところてんの三杯酢をつゆとして冷やしたラーメンにかけた物が今のスープの冷やし中華と言われている説も存在する。

皿うどん

元は長崎の郷土料理でうどんではなくかた焼きそばと言われる。

長崎の中華料理店である四海樓でチャニイシイメン(麺と細く切った肉を炒めた焼きそば)をベースにして出前用にアレンジしたのが始まりとされている。

スープは魚介や海鮮の具材を炒め豚肉、かまぼこ、竹輪などと一緒にキャベツやもやし等の野菜を炒める。

そこに豚骨、鶏ガラなどで取ったスープを加え水溶き片栗粉でとろみ付ける事によりアンが完成。

それをパリッと揚げた麺の上にかければ完成となる。

今でもちゃんぽん、皿うどんと言った紹介がされているが、名前の由来は皿に盛った見た目が焼うどんのようだったことから皿うどんと命名され、その後堅焼きそばが伝わったとされる。

だが、堅焼きそばも同様に皿うどんと呼ばれるようになった。

一般的には細麺を使うが、麺の種類は細麺と太麺の二種類がある。

バリそば

良く勘違いされる人もいると思いますが、皿うどんとはまた違う麺料理になります。

バリそばは山口県が発祥の地となっており、台湾の麺料理が参考になり作られたとされています。

山口県にある春来軒と言うお店がバリそばの元祖と言われています。流行り出したのも2000年ごろとつい最近で揚げた麺がバリバリと音を出すことからバリそばと名づけられました。

皿うどんと違うのはアンではなくスープという事です。

何よりも具が多いだけではなく麺自体も多くなっているために基本的に一人前が二人前程の量できます。

なので基本は多人数で取り分けて食べる料理になってます。

まとめ

どうですか?意外と知らないことも多くあったと思いますが、やはりラーメンをはじめとする麺料理は奥が深い。

知らない料理から知らない味まで、まだ私たちは認知はしているが経験していないものから、存在を知らないものまでまだまだ学ぶべきこと、知るべきこと、または味わうべきものがあります。

この先もっと多くの様々な麺料理が世の中に拡散されていくことでしょう。

ですがその中に消えていくものもあれば、この大まかにではありますがまとめさせてもらった料理みたいに広く愛される名物料理が出てくるかもしれません!

知らないから食べない、美味しくなさそうと言う固定概念は捨て、これからも未体験の味を求めて調査するのも楽しみになっていきますね!